世界のうちなーんちゅ物語 | 第1回
沖縄県在住・看護師/発酵ライフアドバイザーPRO. みささん
「世界のうちなーんちゅ物語」は、世界のどこかで暮らしながら、それぞれの場所で自分らしく人生を歩むうちなーんちゅたちの声を届ける連載です。
海外で暮らす人、沖縄に根を張って生きる人、文化や伝統を受け継ぐ人、新しい挑戦を続ける人。
それぞれの場所で紡がれる物語には、その人だけの歩みがあります。
一人ひとりの物語の中にある喜びや揺れ、そして沖縄とのつながりを通して、私たちが本来持っている温かさや可能性を見つめ直すきっかけになればと思います。
第1回は、沖縄で味噌作りを通して人と人をつなぐ、みささんの物語です。
ひと口メモ
「うちなーんちゅ」とは、沖縄の人、または沖縄にルーツを持つ人を指す言葉です。
「味噌を育てているつもりが、気づけば自分自身が育てられていた」
そう話してくれたのは、沖縄で看護師として働きながら、味噌作りを伝えているみささんです。
人見知りで緊張しやすいという彼女が、味噌と出会い、自分らしく生きる喜びを見つけていく。
その歩みは、「もっと楽に、自分らしく生きていい」と静かに語りかけてくれているようでした。
沖縄とのつながり
みささんは沖縄生まれ、沖縄育ちです。本州で2年、アメリカで5年暮らした経験があります。
それでも、どこへ行っても沖縄に戻ってきてしまうと話します。

思わず童心に返ってしまったという、みささんの笑顔。
「どこ出身って聞かれたら、日本じゃなくて沖縄って答えてしまうんです。沖縄が好きっていうレベルじゃなくて、愛してるんですよね。」
そう笑うみささんにとって、沖縄は「好き」という言葉だけでは表現しきれない存在です。
その想いは、故郷を離れて暮らしたことで、さらに深まったといいます。
「青い空も青い海も、沖縄の人たちの温かさも、当たり前じゃなかったんです」
今では、その一つひとつが、かけがえのない沖縄の魅力だと感じているそうです。
では、みささんにとって「うちなーんちゅらしさ」とは何なのでしょうか。
真っ先に返ってきたのは、「心」という言葉でした。
「目には見えないけど、なんか心地いいんですよね。何かあったら助けてくれるって、言わなくても分かる感じ。沖縄の人たちには、言葉にしなくても伝わる安心感があるんです。」
アメリカに住んでいた頃、日本人に出会うとうれしかったといいます。
それでも、沖縄出身者と分かった瞬間に感じる安心感は、また少し違っていたと振り返ります。
海外で暮らしたことで、沖縄文化への愛着もさらに深まりました。
「エイサー、三線、琉球舞踊、紅型、空手。沖縄にいたときは当たり前だったのに、離れたら全部宝物みたいに見えたんです。」
海外では沖縄のイベントへ足を運び、三線の音に耳を傾けることもあったそうです。
離れたからこそ見えてくる故郷の価値。
それもまた、みささんにとって大切な気づきでした。
味噌がつないでくれたもの

味噌の種類ごとに、作る楽しさまで伝わってきます。
みささんは以前、人からどう見られるか、人に喜ばれるかを軸に生きていたといいます。
そんな中で出会ったのが味噌作りです。
長い間、体調不調に悩んでいたときのこと。
鍼灸院で勧められたのが、「生きた味噌」でした。
「体調を崩したからこそ、味噌に出会えたんですよね」
みささんはそう振り返ります。
学びを重ねるうちに発酵ライフアドバイザーPRO.の資格を取得。
今では味噌作り教室を開き、多くの人に発酵の楽しさを伝えています。
それは、誰かに喜ばれるためというより、自分の心が自然に動いてしまうもの。
みささんにとって味噌作りは、「本当に好き」という感覚を教えてくれた存在でもありました。

温かな大豆に触れるこの工程が、みささんは一番好きなのだそうです。


半年ほどかけて、ゆっくり育てていきます。
生徒さんが味噌を仕込む様子。
発酵していく過程。
カビが生えたときの相談。
育っていく味噌の姿。
そのすべてが愛おしいのだそうです。
生徒さんから「カビが生えました」と連絡が来ると、消毒液とスプーンを持って会いに行くことも。
「味噌に会えると思ったら、喜んで行くんです」
そう話すみささんは、味噌のことをまるで家族のように愛おしそうに語ります。
「人の味噌であろうが、お店に並んでいようが、もう可愛くてたまらないんです」
そして少し笑いながら続けます。
「その人に会いに行くというより、その味噌に会いに行く感覚なんです」
そんなみささんの教室では、味噌を作ったあとに軽食を囲みながら交流する時間があります。
すると自然と会話が生まれ、初対面同士がつながったり、新しいご縁が広がったりするそうです。
味噌作りのあとは、みんなで食卓を囲みます。「軽食」と呼ぶには少し驚いてしまうほど、彩り豊かなごちそうです。



「味噌が好きで来る人たちだから、自然につながるんですよね」
実際に、味噌教室で出会った看護師と鍼灸師が、その後つながったこともありました。
数日後には、看護師が鍼灸師のもとを訪れたそうです。
そんな小さなご縁が生まれるのも、みささんの教室らしい風景です。

人と人が自然につながっていく場です。

いくつかを合わせて、自分だけの味にする楽しみもあります。
最近は米軍基地関係者をはじめ、さまざまな国や地域にルーツを持つ人たちも参加するようになったそうです。
ひと口メモ
沖縄には在日米軍基地が多くあり、外国籍の住民や基地関係者も暮らしています。そのため、日常の中で海外の文化や人々と接する機会が比較的多い地域です。
味噌への想いを伝えたい。そんな気持ちから生まれた、みささん手作りの英語版ガイド。




「教室のあとも、海外出身の生徒さんから、白味噌の作り方や麹の作り方、発酵調味料について次々と質問が届いたんです。友人からは聞かれたことがないような質問ばかりで、本当にうれしかったです。」
外国人参加者の味噌への関心の深さに、みささん自身も驚いたといいます。
味噌が人と人をつなぐのは、沖縄の中だけではありません。
結婚を機にドイツへ渡る予定の若い女性が、「味噌とご飯があればどこでも生きていける」と話していたことが、今も心に残っているそうです。
手作りのガイドを使いながら、味噌の魅力を伝えるみささん。言葉を越えて、発酵の楽しさが広がっていきます。



自分らしく生きるために大切にしていること

教室には、今日もたくさんの笑顔が集まります。
現在のみささんが大切にしているのは、自分自身を大切にすることです。
以前は、頼まれると断れず、人に合わせてしまうことも多かったといいます。
「今は、人を大切にするのと同じように、自分のことも大切にすることを意識しています」
長い間、人を優先してきたからこそ、今は自分の心の声にも耳を傾けるようになったそうです。
そして、こんな言葉も聞かせてくれました。
「必要なら、ちょっと人と距離を置いてもいいと思うんです。でもそれは相手を嫌うためじゃありません。自分を守るためです。」
味噌を次の世代へ
みささんの夢は、味噌作りを正式な活動として育てていくことです。
そして、子どもたちと一緒に味噌作りを楽しむ機会も、増やしていきたいといいます。


「子どもが味噌を作って喜んでいる姿が大好きなんです」
そう話すみささんの表情は、とても優しく見えました。
「味噌は家でも作れます。発酵のおもしろさや、私たちの暮らしを支えてくれる菌の働きも伝えていきたいですね」
ひと口メモ
発酵ライフアドバイザーのみささんが、認定講座で学んだことによると、発酵も腐敗も、微生物の生命活動のひとつで、人間にとって役立つ変化を「発酵」、そうでない変化を「腐敗」と呼ぶといいます。
子どもたちが「家でも作りたい」と思える体験を届けたい。
それが、みささんの願いです。
そして、その想いの根っこには、こんな考えがあります。
味噌はね、世界平和なんですよ
少し照れながら、みささんはそう話してくれました。

「味噌は半年以上かけて育てます。怒りや不満ばかり抱えていると、なぜか味噌にも影響するんです。」
だからこそ、味噌を育てる時間の中で、自然と感謝や愛情に目が向くようになるのだといいます。
そして最後に、こんな言葉を残してくれました。
「味噌を育てることは、自分自身を見つめることでもあるんです。人を大切にするように、自分も大切にしてほしいです。自分らしく生きていいんです。」
それぞれの容器に詰められた味噌は、ここから各家庭へ。みささんの「いってらっしゃい」が聞こえてきそうな、温かな時間です。



味噌を育てる時間の中で、人がつながり、場が育っていく。
みささんの周りには、そんな穏やかな循環が今日も流れています。
