ユタ州ソルトレイクシティで開催された「Living Traditions Festival(リビング・トラディッションズ・フェスティバル)」で、沖縄の芸能に触れる舞台がありました。
アメリカの地で響く三線や太鼓、踊りの中に、遠く離れていても受け継がれている沖縄の心を感じる時間でした。
リビング・トラディッションズ・フェスティバルとは
リビング・トラディッションズ・フェスティバルは、ユタ州ソルトレイクシティで開かれる、多文化交流のお祭りです。

世界各地にルーツを持つ人たちが集まり、伝統芸能や音楽、食、手仕事などを通して、自分たちの文化を紹介します。ユタの中に息づく、さまざまな国や地域の文化に出会えるイベントです。

今年は、琉球舞踊と空手のふたつで、わたしも舞台に立たせていただきました。
アメリカにいながら、こうして故郷・沖縄の風を感じられる場所があること。
沖縄の心を地元の人たちへ届けられる機会があること。
そして、仲間といっしょに舞台に立つ側になれること。
そのすべてが、本当にありがたい時間でした。
ソルトレイクシティで感じる沖縄芸能
毎年5月に、木曜日から日曜日までの4日間にわたって開催されるお祭り「リビング・トラディッションズ」。今年のユタ州沖縄県人会の舞台は、土曜日でした。
土曜日は駐車場が混雑し、駐車スペースを探すのに時間がかかってしまうため、家族といっしょに早めに家を出発。舞台の前に、会場でゆっくり食事をすることに。
今までのわたしなら、緊張で舞台前の食事なんてあり得なかったので、かなり成長しました(笑)。


毎年訪れるたびに、ユタにもこんなにさまざまな文化が共存しているのだと、アメリカが移民の国であることを肌で感じます。
地域によって違いはありますが、20年以上前にユタへ引っ越してきた頃は、周りに日本人が誰ひとりいない寂しさを感じていました。今では、その頃がうそのようです。



軽食をとってステージ前に到着すると、見慣れた顔が客席のあちこちに。ユタ州沖縄県人会のメンバーさんたちです。
わたしがユタに来る前から、この地で沖縄の芸能を大切に伝えてきた方々です。
アメリカへ移住する前に、日本で本格的に沖縄芸能を学んでいた方。故郷を離れてから学び始めた方。背景はさまざまです。
プロもアマチュアも関係なく、海外ではまさにチャンプルー芸能。
舞台を引退されたあとも、こうして応援に来てくださり、舞台裏では笑いが絶えません。
沖縄のおばちゃんたち特有の、少し毒舌まじりの言葉をかけられながらも、その言葉の芯には「沖縄愛」がちゃんとあることを感じるひとときです。
ひと口メモ|沖縄のチャンプルー文化
「チャンプルー」とは、沖縄の言葉で「混ぜ合わせる」という意味。沖縄では昔から、さまざまな文化や人との出会いを柔らかく受け入れ、自分たちらしく混ぜ合わせてきました。そんな多様性を受け入れる感覚も、沖縄らしさのひとつです。
三線と太鼓に重なった、故郷への想い

いよいよ、沖縄県人会の舞台の時間が来ました。
やることはやった。あとは舞台を楽しむだけ。リラックスすることを心がけながら、朝から気持ちを整えていたこの日。

沖縄の紅型は、遠くからでも鮮やかで目を引きます。野外ステージなので、舞台の脇から出番を待つあいだも、隠れるような場所はありません。
イベントスタッフが機材の準備をしているあいだ、舞台脇で立って待っていると、どんどん人が集まってきました。
余談ですが、わたしは昔から視力が弱く、今はコンタクトレンズではなく、めがねをかけています。
舞台のときは、観客の表情が見えないくらいが、緊張が和らいでちょうど良いので、ステージ上ではめがねを外すわたし。
近眼なので、遠くは見えないはずなのですが……。
ステージから、思い切り見えるのです。人が集まってくる様子が。
リラックスしていたはずの心が、瞬時に緊張状態へ。
最初に話し合っていた前歌持ちの数も頭から飛んでしまい、出だしから失敗してしまいました。
ひと口メモ|前歌持ち(まえうたもち)
踊りが始まる前に、歌や三線の演奏で舞台の空気を整える役割のこと。演目へ入る前の大切な導入として、観る人を沖縄芸能の世界へと誘います。
その失敗の動揺から自分を立て直すことができず、四つ竹のあとの空手の演武でも、ステージ上で度忘れしてしまいました。
それでも観客のみなさんは、真剣なまなざしで最初から最後まで見守ってくださり、最後には大きな拍手をいただきました。
失敗は、ただの失敗ではないのだと、改めて感じます。

これまでの人生の中で、失敗して、思わず隠れてしまいたくなるようなことも何度もありました。
それでも、人と出会い、人の中に戻っていくたびに、少しずつ自分が成長していることに気づかされます。
行動したからこそ見えてくるものがあり、行動したからこそ、次の人生のステージへの扉が開いていく。
今は、そう感じています。
ユタの地で受け継がれる沖縄の心
沖縄移民の背景は、ひとつの理由だけでは語れません。
けれど、先に海外へ渡った人たちのつながりが、次の移民を支えてきたことは事実です。
ユタで受け継がれている沖縄の心も、先にこの地で土台を築いてくださった大先輩方の勇気と行動があったからこそ、今につながっています。

わたしがユタに来た頃、大変お世話になった方々。かつて舞台で大活躍されていた方々も、今は80代、90代になられました。
大先輩たちが残してくれたこの「沖縄の心」を忘れずに、これからはわたしたちの世代が、ユタの地で後世へとつないでいく番なのだと、改めて感じた一日でした。
ひと口メモ|沖縄と海外移民
沖縄に海外移民が多い背景には、限られた土地や厳しい暮らし、人口増加、戦後の土地接収など、時代ごとのさまざまな事情がありました。ハワイや南米を中心に、海外へ渡った人々は、遠い土地で暮らしを築きながらも、沖縄の言葉や芸能、助け合いの心を大切に受け継いできました。
遠く離れたユタの地で、沖縄の心は、今日も人から人へと静かに受け継がれています。
