スポーツ空手と、沖縄の伝統空手

みなさんは、東京オリンピックを見ましたか。

わが家は普段からテレビをほとんど見ないので、正直なところ、オリンピックの状況にはついていけていませんでした。

この日のために大きなエネルギーを注ぎ、練習を重ねてきた選手たち。そのご家族や関係者の方々にとって、それぞれの想いを胸に迎えた特別な大会だったのだと思います。

選手のみなさん、本当にお疲れさまでした。きっと多くの人々が、勇気や動く力を受け取ったのではないかと感じています。

そんな中で届いたのが、わたしの出身地である沖縄から、初の金メダル獲得というニュースでした。

種目は、空手。

SNSでも、沖縄出身の知人たちが次々に「おめでとう」「誇りに思う」「沖縄発祥の空手が世界へ」と投稿していました。とても喜ばしいニュースです。

でも正直に言うと、わたしの心は少し複雑でした。なぜなら、わたしが守っていきたいと感じているのは、スポーツ空手ではなく、沖縄の伝統空手だからです。

沖縄伝統空手の流派を純粋な形で継承している空手家や道場は、海外ではほぼないと感じています。

世界に空手愛好家はたくさんいます。でも、その多数が、複数の流派を組み合わせたものや、創作空手です。

ひとつの流派を奥深く学び続けている空手家は、どれくらいいるのでしょうか。

オリンピック種目としてのスポーツ空手と、沖縄の伝統空手は、同じ「空手」という言葉で呼ばれていても、まったく違うものです。どちらが良い、悪いという話ではありません。

バレーボールと野球が違うように、スポーツ空手と伝統空手も、それぞれの目的やあり方が違うのです。

今回のオリンピックで、「空手」という言葉は、愛好家以外の人たちにも広く知られるようになりました。それ自体は、とても大きなことです。

ただ、その広がりの中で、スポーツ空手と沖縄の伝統空手の違いが見えにくくなってしまうと、静かに受け継がれてきたものが、少しずつ大きな流れの中に埋もれてしまうのではないでしょうか。

わたしの父は、空手人間です。16歳のときに、少林流松村正統空手道の開祖、祖堅方範先生に弟子入りしました。先生が亡くなったあとも、父は静かに、先生との約束を守り続けてきました。

子どもの頃から見てきた父の空手が、わたしは大好きです。

起源については諸説ありますが、一般的には、空手は中国から沖縄に伝わった武術が、当時の沖縄の「手(ティ)」や環境、文化と結びつき、独自に発展してきたものとされています。

伝統空手も、見方を変えれば、始まった当時は新しいものです。

人も、文化も、進化しながら生き続けていくもの。そう考えると、「伝統をそのまま守りたい」という想いは、ひとつの視点に過ぎないのかもしれません。

「正しい」「間違っている」と分けるより、人の数だけ見えている真実がある。そう考えるほうが、今のわたしにはしっくりきます。

世の中には、いろいろな考え方があります。オリンピック種目に空手が選ばれたことを、心から喜ぶ人。少し複雑な気持ちになる人。どちらの想いも、その人にとっての大切な感覚です。

スポーツ空手には、競技ルールがあります。大きな声で演武名を叫び、型の途中で気合の大声をあげる。

一方で、沖縄の伝統空手には、静けさがあります。争わず、逃げることも大切にする空手です。

怖い顔をして自分を大きく見せたり、相手に「強そうだ」と思わせたりするためのものではありません。むしろ、そうすることで相手の闘争心を刺激し、争いにつながってしまうことがあるからです。

穏やかな表情で、仏のように相手と向き合う。それでも相手が向かってくるなら、こちらも本気で向き合う。

わたしが子どもの頃から見てきた父の空手には、そんな静かな覚悟が込められているように感じます。もちろん、それは流派によっても違います。

世界中に愛好家が増え、競技として進化していくスポーツ空手。

昔ながらの形を静かに受け継いでいく、沖縄の伝統空手。

どちらも、空手家自身が日々の気づきとともに鍛錬を重ね、自分の中に落とし込んでいくもの。

そういう意味では、どちらも素晴らしい空手なのだと感じています。

大切なのは、違いを知ること。

そして、自分が何を大切にしたいのかを、静かに見つめ続けることなのかもしれません。

2021年8月に旧ブログで書いた記事を、今のわたしの視点から少し整えています。

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